ぬむめ ブログ

趣味の記録や雑記ブログ

もうだめかもしれない的な話

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人間的には終わっている感があるぬむめさんですけど、ブログもかなりキツい感じがしてきました。いくつかブログというかサイトを運営していますが、この「ぬむめブログ」はマジでキツい。ここ数日、まったく書くことが思い浮かびません。

自分へ負荷をかけるため、毎日更新を続けていますけど、負荷がかかりすぎてフカヒレスープを食べたくなるくらい何も思い浮かばない。でも、とろみがついている料理はちょっと苦手。

最近は、毎日のように「何も思い浮かばない」ことを書いていますけど、本当に思い浮かばないのです。昨日みた夢でも書けばいいのですけど、エロすぎるし残酷すぎるし、プライバシー情報満載で書くことができません。思い浮かぶ話はエロい話ばかり。欲求不満とかそういうワケではないのですけど、まともな話が一切思い浮かびません。

書けないネタを書くと、とある娘ちゃんからクレームが来ます。ありえない、アホなの?、まったく面白くありません、ゴミですね、などなど。まさにその通りで、反論のひとつもできません。本当はそんなことまったく言いません。超かわいい娘ちゃん。

色々原因はわかっているんですよ、大人ですからね。0時までに投稿しないと連続更新にならないんですよ、はてなブログさんは。Wordpressとかだとどうとでもなるんですけどね。日付操作したり。はてなブログも日付を指定して投稿できるはずなんですけど、過去に遡った投稿は連続更新にはならず、連続更新にカウントされなかった記憶があります。いつも私はこのブログを23時くらいから書き始めるのですけど、それがイケない。アホです。時間がないから、まともに考えるヒマがない。もっと早くからとりくむべき。でも時間がない。私は、追い詰められないとヤル気がでないタイプなのです。

そもそも、嘘をついてまで連続更新をするつもりはありません。連続更新とは「自分との戦い」にほかならず。不正や偽りは「負け」を意味します。他人に負けるのは、自分の実力がないということで仕方がありませんが、自分に負けるということは、完全な敗北を意味します。決して、自分にだけは負けるわけにはいきません。

「書くことが思い浮かばない病」から脱出する方法も、実は自分なりにわかっています。それは「時」が解決してくれるというもの。いつか書けるようになるさ、的な感じではないでしょうか。無理に書くということも時には必要です。人間、追い詰められると、実力以上のモノがでることってありますからね。私はそんなこと、1度もありませんけどね。火事にでもならないかぎり、馬鹿力は出ないようです私は。

そんなこんなで、そのうち何か思い浮かぶ時を待つことにします。

「明日からがんばる」と言うと明日もがんばれないことがわかっているので、東京オリンピックが開催されてからがんばる事にします。

以上、ぬむめでした。

毎日ブログを書くのが大変すぎるけど続ける理由的な話

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無理矢理ブログを書くのは、結構キツいものですね。強烈に痛感しております。「それなら、やめれば良いのに」なんて思う方もいるでしょう。ですが、そういうワケにはいきません。

私は昨年、ブログ100日連続更新チャレンジを自主的に行っていました。無事に目標を達成することができましたけど、アクセスが増えたとか、読者が増えたとか、そういったことはほとんどありません。

では、なぜそのような事をしたのかというと、私にも色々と、思うことがあったのです。

現在も、このブログを毎日連続更新していますが、私のような凡人にはとても大変なことで、毎日「書くことが思い浮かばない」という、精神が病んでしまいそうな状況に陥っています。

ブログに書いている内容は、とても人様にお見せできるような内容ではなりません。う○こ以下の内容です。自分自身で以前に書いた内容を読み直しても、ゴミすぎて自分でもビックリするほど。自身の才能の無さをあらためて痛感できる場所として、このブログは私自身の役に立っていると言えます。

苦労し、悩んでまでもブログを更新し続ける意味はあるのでしょうか?

無理矢理なにかを書くというのは、想像以上にブレインパワーを使います。脳みそフル回転ですよ。日常生活において、仕事以外で頭をフルに使うことなんて、あまりないですよね。「24時間頭超フル回転だぜ!」という方も中にはいるでしょうけど、私の場合はまったくありません。仕事においても2割くらいしか頭を使ってないかもしれません。

脳の能力を100%使うことは「北斗の拳」の北斗神拳が使えてしまいます。経絡秘孔をつきまくってアベシな状態。199X年の世紀末は終わってしまいましたので、北斗神拳を使うのは970年くらいあとの話。モヒカン頭にして車やバイクにトゲトゲアクセサリーを付けるのは待ちましょう。

北斗神拳までいかなくとも、ブログを毎日更新することで、頭をフル回転させることはいわゆる「脳トレ」状態となり、ぼけ防止には良いかもしれません。毎日更新しなければならないというプレッシャーと戦うことになるため、メンタルトレーニングにもなります。そういった負荷を自分自身でかけることによって、自身の成長を見込める可能性があります。

早い話、文章を書くトレーニングということですね。ある程度の文字数の文章を無造作に書くことは難しい面もありますが、楽しいものです。文章には人それぞれ「クセ」がありますし、言い回しや結論への導き方にも特徴がでるものです。自分自身の文章を振り返る目的に使うの良いかもしれません。私はそのうように使っております。

力こそパワーです。

以上、ぬむめでした。

二日連続で書くことが思い浮かばない的な話

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いやぁ~ホントアホですね。まったく書くことが思い浮かびません。アホですね私は。何かしら書くことあるはずなんですよ。ところがどっこいまったく思い浮かばない。

なに食ったとかどこいったとか、そういうのでいいんですよね。好きなように書いている日記なので。ですが、それすら思い浮かばない。これって、もしかして病気かなにかじゃないですか?精神科のほうの。

病気と言えば、ここ数年、まったく漢字が思い出せなくなってきました。読めるけど書けない、そんな感じです。漢字だけに。ど忘れと言うんでしょうか。しばらく、ほんと数分考えれば出てくるんですよ。思い出して書ける。ですが、とっさに出てこない。日常、あまり文章をペンで書くことがないからなのか、それとも病気なのか。漢字書けない病みたいな。

病気といえば、ここ数年、風邪をまったくひかなくなりました。体調がいいのか、何か謎の免疫力がついたのか、わかりません。コロナ禍の影響もあって、うがい手洗いマスクをしっかりしているせいもあるんでしょうけど、何かしら体調が悪いというのは、感染症由来のものだったのでしょうか。そう考えると超怖いです。

怖いと言えば、最近ろくな夢を見ません。怖い夢だったり、気分が悪くなる胸クソ展開だったりと。イヤな夢を見た時、どんな夢か思い出しちゃうと記憶に定着しちゃうので、思い出さないようにしてます。少し前までは、イヤな夢を見るのが楽しみだったんですけどね。最近は楽しい夢を見たい、そんな心境です。だからといって、日常が不幸というわけではないのですけどね。毎日が楽しい。

楽しいと言えば、今日はジンギスカンを食べます。私は札幌在住なのでけど、北海道民は毎日ジンギスカンを食べているイメージがあるようですね。ジンギスカンは大好きですけど、毎日は食べません。でも、家でジンギスカンを食べる地域は限られているという話を聞いたことがあります。そもそも、売ってないと食べれられないわけで、お店でしっかりと販売すれば、珍しい食べ物なんて無くなるのかもしれませんね。先日、スーパーで鹿肉売ってましたけど半額になってました。あまり美味しくないくせに高いので買いませんでしたけど。なんだかんだと豚肉とか牛肉のほうが美味しいですよね。食べやすいように長年書けて生物的にカスタマイズされたお肉ですからね。野生のお肉より美味しいのは当たり前かもしれません。

明日は何か書くこと思い浮かぶといいな。

以上、ぬむめでした。

なにも書く内容が思い浮かばなかった的な話

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さて、今日はブログに何を書こうか考えていました。最初は相対性理論についてでも書こうかと思っていましたが、そもそも私がわからないことを書いても仕方がない、いや、むしろそんなことは書けないということでボツとなりました。最初の構想が崩された今の私には、今日ブログに書く内容がまったく思い浮かばないという結果となりました。

もう、何十回も「書くことがない」的な話を書いております。たとえば、ラーメンを毎日食べている人が「今日はどこどこのお店に行った」なんて話の場合には、毎日同じ内容だったとも成立するはずです。食べるメニューが毎日同じ醤油ラーメンだったとしても、お店ごとに特色が違うわけですから、たとえ味が似たような感じであったとしても、あそこのお店とここのお店は似たような味なのか、という有益な情報となります。すばらしい情報源です。毎日同じラーメン屋さんであったとしても、お店にはさまざまな出来事があるでしょう。嬉しいことや悲しいこと。もうヒューマンドラマですよラーメン屋さん。毎日発信し続けるだけの材料はあると言って良いでしょう。むしろ毎日発信するべき。

私は残念ながら、ラーメン屋さんの主人ではありません。毎日ラーメンを食べに行くほど、健康を度外視したチャレンジャーでもありません。今日はラーメン食べてませんし、毎日食べているわけでもありません。そもそも、なぜ私が今、ラーメンの話を書いているのかさえ自分でわからない状態。なぜなのか教えてください。

さて、話は変わりますが、ブログに書く内容がまったく思い浮かびません。そういう時に私がよく使う方法として、「Yahoo!ニュース」を観るということ。先ほども、なにかブログに書くにあたって良いヒントはないだろうかと開いてみましたら、芸能人のネタばかり。なるほど、芸能人には色々なニュースが毎日溢れているのだなフムフムなんて思っていたら、おそらく私が最近芸能ニュースばかり観ていたため、勝手にYahooから提供されるニュースが芸能人極フリでカスタマイズされていたのでしょう。

なるほど、私は一体なにをやっているのでしょうか。もっと有益な情報を観るべき。そういう自分を殴ってやりたい、そんな気分になりました。芸能人の話は何の意味もない無駄な時間と言っているワケではありません。好きな芸能人の些細な話は、好きな人にとって有益な情報です。ですが、今私に必要なのはそういった情報ではない、というだけの話です。

もう何を書いているのか、自分でもわからなくなってきました。私は15分前まで、うっかりお昼寝をしてしまった。それが、頭がぼーっとしている原因でしょう。0時になる前に起きられて良かった。頭が少し覚醒してきましたので、明日から頑張ろうと思います。

以上、ぬむめでした。

靴下がワケのわからない場所に穴開いた的な話

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この寒い季節、というか私の場合は年中なんですけど、部屋の中で靴下をはく種族です。部屋の中で靴下を毎日吐いている人には何を言っているかわからないと思います。部屋の中で靴下をはかない人もいるんですよね。部屋の中といえど、パンツはみなさんはいていると思いますが、靴下ってどうなんでしょうか。私は靴下はいてないと、なんだか落ち着きません。パンツははいてなくても落ち着くんですけどね。不思議なものです。

外出の時は外出用の靴下。部屋の中は部屋着用靴下と使い分けています。大抵、どの靴下も足の親指のところが薄くなり、穴が開きそうになります。穴が開いてしまいそうな靴下を処分する方も多いと思います。私は穴が開くまではき続けるタイプです。穴が開いたら捨てます。指とか出ちゃいますからね。寒くて靴下をはいている季節の場合、指が靴下から出てしまうのは致命傷になりかねません。

靴下に穴が開く原理は、おそらく摩擦によるもものです。私は足の指は親指が1番長いので、親指の部分が消耗しやすいのでしょう。ですが、今はいている靴下は、なぜか小指の付け根より下の部分の穴が開きました。なぜ開いてしまったのか、まったく意味がわかりません。

先ほど書いたとおり、私は靴下に穴が開けば捨てます。靴下をはいているのに、指がこんにちはしてしまうのは靴下の機能を冒涜するものであり、寒いしみずぼらしいです。ですが、小指の付け根より下の部分が破れたのであれば、足の寒さに影響は少なく、指が飛び出てしまうなど、トラブルもありません。これはもしかして、穴が開いているけれども、捨てなくても良いのではないでしょうか。

捨てることは簡単です。ゴミ箱に入れれば良いだけです。ですが、1度捨ててしまったものは、もう2度と戻りません。たとえ、同じ靴下があったとしても、それは同じ形をしているだけで、同じ靴下ではないのです。

本来、穴が開くべき所に開いた靴下であれば、お役御免と言ったところでしょうか。靴下の生涯を終えたことになります。ですが、本来穴が開くべき場所ではない場合、靴下として本来の役目を果たせていないのではないでしょうか。もしも私が靴下だったのなら、役割を果たせず捨てられるなんてことは到底受け入れられない。そう考えると、穴が開いたら捨てるという安易な考えは悲しくなってしまいます。

やはり、穴が開いていても使い続けるのが靴下に対して最低限の礼儀でしょう。私は、もう1度洗濯をし、使う決意をしました。

みたいなことを考えながら、靴下を燃えないゴミの袋に入れました。穴の場所が寒くて無理です。さようなら。

以上、ぬむめでした。