ぬむめ ブログ

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今年の節分は中止しました的な話



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みなさん豆まきして太巻きをどこかの方向を見て食べましたか?2021年もあっというまで、もう節分です。

私が幼少の頃は、豆まきをした記憶がありますけど、大人になってからは、めっきりしなくなりました。最近は新たな豆まき文化である「恵方巻き」を指定された方角を見ながらかぶりつくなど、巻き寿司が嫌いな方には拷問のようなイベントが追加されましたね。今後の豆まきイベントも、さまざまなバージョンアップの可能性があるのかと思うと、少し楽しみでもあります、

子供の頃、豆まきをした記憶があるのですけど、あまり良い思い出は見当たりません。

私が幼い頃、良心が忙しく、幼稚園ではなく保育園に通っていました。節分の日に先生が鬼役となり、子供たちが豆をぶつけるイベントがあったのを記憶していますが、幼心に疑問をいだいてしまったのが、良い思い出がない原因なのかもしれません。

私が行っていた保育園は「食べ物を大切にする」という精神がとても強く、お弁当やおやつを残すと食べ終わるまで居残りさせられていました。お昼ご飯のあとにはお昼寝タイムがあり、おやつ時間のあとには遊びタイムがあり、食べ物を食べたあとには楽しいイベントがまっています。残してしまうと食べ終わるまでずっと居残り。みんなが遊んでいる中、くらい教室で何度居残りさせられたことか。「残さず食べる」というのは大切なことです。決して否定はしません。ですが、食べられないものがあるのであれば仕方が無いのでは?なんて子供心に思っていました。私は白い包み紙でイチゴの柄が印刷されている飴だけは、どうしても食べられなかった。今はあるのかわかりませんが、もちろん食べられません。トラウマです。

ですが、2月2日には状況が変わります。食べ物である豆を武器にし敵を倒すのです。あんなに大切に食べるまで居残りさせられていた食べ物をですよ?食べないで敵にぶつけるのです。子供が投げる豆なんて殺傷力があるわけなく、豆は鬼役にぶつかり床に落ちます。床に落ちた豆を拾って食べようとする子供がいたら先生は「落ちた豆は食べてはいけません」と言う。もう意味がわからない。豆は食べなくてよくて、イチゴ飴は食べなければならないのか?イチゴ飴のほうが強いのか?と思ってしまった。豆は加工次第で豆腐や納豆などさまざまな食品になります。日本では欠かせない食物です。ですが、イチゴ飴は私にとっては魔界にある悪魔の食べ物と同等であり忌み嫌う玉です。私が食べられない以前に、どう考えても大豆などの豆類のほうが人類にとって「強い」存在ではないかと、幼心に思っていました。

豆まき行事に詳しくないので詳細はわかりませんが、投げた豆を食べる文化もあるでしょうし、なにかしら再利用しているかもしれません。ですが、投げた豆を捨ててしまうのは、幼心に英才教育された「食べ物を粗末にしない」という精神に反したものであり、あまり良い気分はしません。

太巻きを食べる方が、豆が無駄にならず良いような感じもします。ですが、太巻きは日持ちせず、余った物は廃棄でしょう。乾燥している豆であれば保存も利きますし、工夫次第では食べることもできます。年の数だけ豆を食べるのも超ハード。太巻きを切らずに食べることは老人にとってはハードモード、というか喉つまりの危険があり命がけ。一体、どちらがよいんでしょうかね。

ということで、今年(も)我が家の「節分」は中止となります。