ぬむめ ブログ

趣味の記録や雑記ブログ

動画が強制的に再生されるのが苦痛だ的な話



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私は、というか、我が家は新聞を取っていない。経済新聞など読みたいお年頃だが、必要なときだけ買うようにしているが、ここ数年は買っていない。今はネット社会。必要な情報はすべてネットでまかなえる世の中。新聞がなくて困ることはないが、犬を飼っていた時には、おしっこなどトイレ掃除に大活躍したものだ。私にとって新聞とは、そんな程度の存在。

新聞を取っていないため、ニュースなどの情報はスマホのアプリやブラウザからみるのだが、実は困っていることがある。

それは、観たいニュースをクリックすると、強制的に動画を見せられること。

ニュースにおいて、映像はとても有意義だ。「百聞は一見にしかず」と、よくいったものだ。映像から得られる情報はとても多い。だが、映像の長さの分だけ拘束されてしまうのも事実だ。時代のニーズがそうさせていることは想像できる。現在のネット事情を見ても、ブログ文化が衰退し、YoutubeSNSに移行しているのが目に見えてわかる。

文章を読むスピードは、内容によって違うもの。1文字ずつ頭の中で音声を再生して読み上げる場合には、読むのに時間がかかる。それほど必要な情報出ない場合には、文章の構成や主要キーワードを流し読みをし、サッと読んでしまうことも多いのではないだろうか。動画の場合、どのような情報も、動画の尺だけ時間を拘束され、内容がどうであれ終わり部分まで見なければならない。

文章の場合、結果のみを知ることが簡単できる。最後の文章を読めば、大抵は結末や結論が書かれている。本を買うときなど、あとがきを見て購入判断する人も多いのではないだろうか。動画の場合も、最後の数分数秒までシーンを飛ばせば良いと思われがちだが、1度も見たことない映像で、自分が知りたい場所にピンポイントでシーンを合わせるのはエスパー以外はムリだろう。どこに必要な情報が潜んでいるかわからない動画では、最初から必要な情報まで見なければならない。不必要な箇所は、時間の浪費以外のなにものでもない。

文字と動画を併用しているのもタチが悪い。文字を読んでいるときに動画が自動再生されてしまう。動画を止めるため、停止ボタンをクリックするのが手間だ。タイトルに『動画』と書かれていれば、自らクリックすることはないのだが、書かれていない場合には、動画が勝手に再生されてしまうのがもどかしい。音量が大きい場合など、再生された音に驚いてしまうこともしばしば。

これからのネット社会、動画が占める割合は増えていくことは間違いない。強制的に動画を見せられることは、今よりももっと多くなるだろう。時代の流れには逆らえないものだ。文字ベースの記事を読みたいのであれば、そういったサイトを厳選するか、それこそ新聞を読めばいい。しかしながら、そうなると情報の偏りや広く情報を得ることができなくなる。動画を完全排除できない時代に突入しているのかもしれない。

もしも、文字文化が完全に衰退し、動画だけの世界になったのであれば、私は新聞を定期購しようと思う。そして犬を飼うのだ。

以上、ぬむめでした。