「メガネを探すためのメガネがほしい」
何を言っているのかわらかないと思いますが、私にもわかりません。
メガネを探すためのメガネは必要なのでしょうか?
幸いなことに、私は老眼ぎみではありますが、視力が特別悪いということはなく、いわゆる裸眼さんです。ママちゃんも視力は悪くなく、我が家でメガネをかけているのは娘ちゃんだけです。
私はメガネをかけないのでわからないのですが、「メガネを探すためのメガネ」は必要なのでしょうか。
娘ちゃんは、かなりの頻度でメガネを無くします。外出先でなくすのではなく、家の中でメガネを外し、置いた場所をわすれてしまうことがほとんどです。そのたびに「メガネを探すメガネがほしい」と言います。一体何を言っているのでしょうかこの娘は。
教育方針として、私はこんなことを娘ちゃんが小さい頃から教えています。
・機械類は絶対に床に置かない
・メガネは机の上に置く
・人前でおならをしない
この3つを幼少から娘ちゃんマインドに叩き込んでいるはずなのですが、どうしてかメガネがなくなってしまいます。
コンタクトにするとか、きちんとメガネケースに毎回いれるとか、対策の方法はいくらでもあります。メガネを探すためのメガネを固定の場所に設置しておくことも、対策の一つとして有効かもしれません。
私は物を無くさないタイプの人間です。なので娘ちゃんの思考はまったく理解できません。ですが、娘ちゃんが「そういう人」だと認識したうえで、対処していかなければなりません。これは偏見かもしれませんが、物をなくすタイプの人は何をやってもなくしがちですからね。
よくみかけるシチュエーションとして、
「めがねぇ〜めがねぇ〜」
と、ドラマやアニメなど、メガネをかけないとまったく見えない登場人物がメガネを探すときに言うセリフです。メガネが無いと何も見えないことを具現化した内容ですね。このシチュエーションがある場合その登場人物が、目が悪いことが原因のトラブルに巻き込まれるフラグとなっている場合がほとんどですね。
よく見かける光景、私はメガネを探し回る人を見るのが嫌いではありません。むしろ好きです。
自分が生きていくために必要なツールを失くしたことの絶望感、それを探すために一生懸命探し回る姿、なんとドラマティックではありませんか。そして、なぜか言ってしまう「めがねぇ〜めがねぇ〜」という言葉。メガネを無くし、そして見つかる、苦難と喜び、これは人生の縮図ではないでしょうか。メガネをかけていない私には、到底感じることのできない感情です。
なので、メガネを外したらキチンと同じ場所か、メガネケースにいれてください娘ちゃん。
以上、ぬむめでした。